大判例

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大森簡易裁判所 昭和37年(ハ)363号 判決

原告 渡辺準三

右訴訟代理人弁護士 田口尚真

被告 有限会社高山自動車工業所

右代表者代表取締役 高山重則

右訴訟代理人弁護士 市野沢角次

原告補助参加人 松田

右訴訟代理人弁護士 桑江常善

主文

被告は原告に対し別紙目録(二)記載の建物から退去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

主文一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、被告

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求める。

第二、原告の請求原因

一、原告先代渡辺新蔵は別紙目録(一)記載の宅地四三一・八六平方メートル(一三〇坪六合四勺……別紙添付図面イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イの各点を結ぶ直線内……以下単に符合のみで表示する。)を所有していたが、原告は昭和三二年九月六日先代の死亡により、右宅地の所有権を相続した。

二、訴外高山重則は数年前より右宅地のうち九三・二二平方メートル(二八坪二合……ロ、ハ、ニ、チ、ロ内以下本件宅地という)の地上に、別紙目録(二)記載の工場(以下本件工場という)を所有し、右土地を占有しているので、原告は同訴外人を被告として、昭和三六年八月二三日渋谷簡易裁判所に対し、右土地の所有権にもとずき建物収去、土地明渡の請求訴訟を提起し、勝訴の判決を得たが、同人より控訴申立目下東京地方裁判所昭和三七年(レ)第三五〇号事件として同庁に係属中である。

三、被告は本件工場を使用して本件宅地を占有し、原告の土地利用権の行使を妨害しているので、原告は被告に対し本件土地の所有権にもとずき右建物の退去、土地の明渡を求めるものである。

第三、被告の認否および抗弁

一、原告主張の請求原因事実はすべて認める。

二、原告先代新蔵は補助参加人に対し、昭和三〇年一二月一〇日本件宅地を含む一九〇・〇八平方メートル(五七坪五合……図面イ、ロ、ハ、ニ、チ、ト、イ内)を、賃料一ヵ月金八六三円、毎月二八日払い、期間二〇年の約定で賃貸し、訴外高山重則は補助参加人から昭和三〇年一二月一五日ころ、本件宅地を普通建物所有を目的として期間の定めなく借受け、昭和三一年三月ころ本件工場を建築したのである。しかして、原告先代新蔵は右事実を熟知し、当時高山が大田区役所に本件工場の建築確認申請の際提出した「土地使用承諾書」に、土地所有者として署名押印し、かつ、同年一一月二一日本件工場建物の保存登記申請に添付した「家屋新築申請書」にも、同様署名押印して右高山の使用貸借を承諾したものであり、被告は右高山より昭和三四年一月二二日ころ、本件工場を賃料月額金五、〇〇〇円、毎月末払いの約定で期間の定めなく賃借して使用しているのである。

第四、原告の認否および主張

一、被告の抗弁事実のうち、原告先代が補助参加人に対して被告主張の宅地を主張のように賃貸したことは認めるが、補助参加人と訴外高山重則間に被告主張のような使用貸借が成立したこと、原告先代が右貸借を承諾したとの点は否認する。その余は知らない。

訴外高山重則がその主張のころ、本件工場を建築し、その確認申請を大田区役所にしたとしても、当時は右申請書に土地所有者の「使用承認書」の添付は不要であり、また登記申請書に添付した「家屋新築申告書」に、原告先代が署名押印したとしても右は訴外高山が賃借人松田の使者として申告者欄白地のものを持参し、恰も松田の建てたものの如く申出て、その旨原告先代を誤信させた結果によるものであるから無効のものである。

第五、補助参加人の主張

かりに補助参加人と訴外高山重則間に、被告主張の使用貸借の成立が認められるとすれば、補助参加人は本訴(第一七回口頭弁論)において右契約解除の意思を表示する。

第六、証拠関係≪省略≫

理由

原告先代新蔵が別紙目録(一)記載の宅地を所有し、うち本件宅地を含む一九〇・〇八平方メートル(五七坪五合)の部分を補助参加人に対し、昭和三〇年一二月ころ期間二〇年と定めて賃貸し、原告は先代の死亡によって右宅地の所有権を相続取得すると同時に右賃貸人の地位を承継したこと、本件地上に訴外高山重則が本件工場の建物を所有し、被告はこれを使用して本件宅地を占有していることは当事者間に争いがない。そこで被告主張の抗弁について判断する。≪証拠省略≫を綜合すると次の各事実を認めることができる。すなわち、かねて知合の間柄であった高山重則と補助参加人の夫松田卓三は昭和三〇年一〇月ころ、共同で自動車修理業を株式会社組織として経営することを取り決め、その資金の捻出、経理事務等は松田が担当し、高山は修理作業等の技術面を担当することを打合せたうえ、とりあえず開業場所を取得することとし、高山は知人の紹介で原告先代と知合い、右松田は高山からの話で原告先代と会い、同年一二月中同人から補助参加人名義で本件宅地北側所在の木造建物を代金七〇万円で買受けるとともに、その敷地を含む前記宅地一九〇・〇八平方メートル(五七坪五合)を建物所有の目的で期間二〇年の約定で賃借したこと、当時松田夫婦は北区内に間借りしていた建物を、一年後に明渡す予定であったので、右買受けた建物を高山に対し賃料月額一万円、賃貸期間一年と定めて賃貸したこと、高山は右建物に弟子二人を居住させ、早速本件宅地上の野天で自動車修理作業を始めたが修理の仕事も少なく、かつ、高山および松田間には本件宅地上に修理工場を建てる話合いになっていたところ、松田の資金繰りが思わしくなかったため、高山は自己の費用で建築材料を購入し昭和三一年二月ころ知人の大工に依頼して工場建築に着手したこと。

他方事業は株式会社組織とする話合であったが出資関係や配当その他何等具体的な定めもされてなく、単に高山は松田に対し前記家賃一万円のほか一万円、計金二万円を毎月支払うことを定めたのみであり、本件宅地の使用関係についての具体的な約定はなかったこと、なお松田は高山に対し昭和三一年一月ころ本件工場の所有名義を敷地の賃借人である補助参加人とすることを申入れ、それによって資金の融通を得るのが容易であることを進言し、高山も賛同していたのに同人は自ら建築主となり、しかも本件工場の建築現場に掲げてあった「株式会社」名義の看板が、工事中途において、高山は個人名義に書改めたことなどから、松田は高山との共同事業を断念するようになり、その旨高山に申入れ、高山も右申入を承諾して、松田が支出した前記建物代金七〇万円に金一〇万円を加えた金八〇万円を松田に支払うことで、前記賃借家屋および本件宅地を含む敷地の賃借権の譲渡を受けることとし、爾後松田は高山が右譲渡代金の支払いを容易にするため高山個人の事業となった経営の資金融資に協力する趣旨で会計事務を数ヵ月の間手伝ったこと。

他方高山は松田の保証によって同人の親戚から借受けていた金二〇万円を、同年一一月ころ返済を迫られ、かつ、返済すれば松田が他から金三〇万円を斡旋してくれることを聞いていたので、当時経営も順調でなく資金繰りに苦しいなかを、親戚その他からの借入金によって右金二〇万円を返済したところ、松田が右の斡旋をしてくれなかったため、一層経営が苦しくなり、同月下旬本件工場を担保として他から金融を受けてようやく苦境を切り抜けたこと、したがって松田に対する家賃や手当(昭和三一年七月決定の月額金一五、〇〇〇円)の支払いも滞っていた等の事情から松田と高山間は不仲になり、相互に信頼関係を失い、遂に補助参加人から高山に対し昭和三二年春賃貸家屋の明渡等の調停や訴訟の提起となり、さらに、本件工場の収去、敷地明渡請求訴訟に発展し、前訴は最高裁まで係属したが高山の敗訴が確定し、補助参加人はその執行の段階で既に賃貸家屋の占有が被告会社その他の第三者に移されてあったため執行不能に帰し、昭和三九年東京地裁より建物明渡の断行仮処分命令を得て最近ようやく明渡しを得たが、後訴はその後取り下げ、昭和三六年原告より提起した同趣旨の訴訟に原告を補助して参加し、該事件は第一審において原告が勝訴し、現在控訴審で係争中であること。

なお、高山が本件工場を担保として金融を得るために登記を経たのであるが、その保存登記申請の際添付すべき「家屋新築申告書」には、原告先代新蔵から土地所有者としての署名、押印を得たこと、当時右書面中原告先代の署名、押印を除いた部分は全部記載されていたのであるが、原告先代は当時本件工場の実質上の所有者は補助参加人であると誤信して右署名、押印をしたものであること、以上の各認定に反する≪証拠省略≫は信用し難く、他に各認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、訴外松田卓三が妻である補助参加人名義で本件宅地北側の住家を原告先代から買受け、その敷地および本件宅地を含む土地一九〇・〇八平方メートル(五七坪五合)を同人から賃借した事情は、訴外高山重則(被告会社の代表者)と共同で自動車修理業を経営するためであり、本件宅地上に右修理工場を建築することは当初から予定されていたものであって、その資金の捻出については松田が当ることとなっていたところ、同人は右資金繰りができなかったのでいつまでも野天での修理作業を続けられないため、高山が自己資金によって本件工場の建築資材を購入し、知人の大工に依頼して昭和三一年二月ころ建築に着手し、同年三月末ころ完成したのである。したがって被告主張の本件宅地の使用貸借契約の成立したことは認められないが、松田は本件工場の建築を熟知し、その後右共同事業を断念し、高山と話合って同人の個人経営となった後も、その会計事務に関与し、高山の本件土地の使用について補助参加人または松田から何等の異議申出のなかったこと等に鑑みて、少くとも補助参加人は高山が昭和三一年二月以降本件土地を建物所有の目的で使用するのを黙示的に承諾したものと解すべきであるから、それによって補助参加人と右高山間に、普通建物所有を目的とする本件宅地の使用貸借契約が成立したものと解するを相当とする。ところで右使用貸借契約は被告主張のように期間の定めのないものと解すべきかが問題であるが、前記認定のように松田は高山との共同事業解消後補助参加人が原告先代から買受けた建物および本件土地を含む賃借地一九〇・〇八平方メートル(五七坪五合)の賃借権を金八〇万円で譲渡する旨を約し右代金の支払と同時に譲渡の効力(原告との関係は、原告の承諾を必要とするが、その点はしばらく論外とする)が生ずることとして高山の経営について会計事務を取扱っていたのであるから、使用貸借の期間は右譲渡代金の支払時までとして定めたものと解するのを相当とする。しかして右代金の支払期を定めたことを認めるに足る証拠がないが、少くとも相互の信頼関係が継続している間は、何時でも右代金を支払って譲渡の効果を生じさせることができるけれども、一旦信頼関係が失われたときは、もはや右代金の授受も行われないのが通常であるから、右代金の支払期は遅くとも当事者間の信頼関係が失われる直前と解するのを相当とする。そうだとすると、本件においては右代金が支払われることなく、昭和三一年暮ころは松田、高山間の信頼関係は失われたこと前認定のとおりであるから、本件宅地の使用貸借期間は遅くも同年末までと解すべきである。したがって、右期限経過後は高山は補助参加人に対し、本件工場を収去して本件土地を返還すべき義務があり、爾後の占有は不法というべきである。

次に被告主張の本件宅地の使用貸借に関する原告先代の承諾の有無およびその効力について考えると、前記高山本人の供述によれば、同人は本件工場建築の際原告先代より、ワラ半紙にガリ版刷りの「土地使用承諾書」に所有者としての署名、押印を得て大田区役所に提出したというのであるが、当時建築確認申請に際して地主等の「土地使用承諾書」の提出が不要であることは、当裁判所に顕著の事実であるのみならず、前記≪証拠省略≫に比照して右供述は措信できず、また昭和三一年一一月二一日保存登記申請書に添付すべき「家屋新築申告書」に土地所有者として原告先代の署名、押印がなされたけれども、それも原告先代は本件工場は実質上補助参加人の所有であると誤信した結果、署名、押印したものであることも前認定のとおりである。かりに、原告先代が被告主張のとおり高山の本件宅地の使用を真実承諾したとしても、その効力は補助参加人と右高山間の本件宅地の使用貸借契約が存続する間に限られ、前記のように右使用貸借関係が消滅した後は、右承諾の効力も亦消滅するものといわなければならない。そのことは原告先代の右承諾の効力は補助参加人と高山間の貸借の存在を前提としてのみ有効であると解すべきだからである。

次に被告会社が本件工場を使用して本件宅地を占有(占有の性質には異論がある)していることは当事者間に争いがない。ところで土地所有者が賃貸地上に存する建物を占有使用する者に対し、その敷地の不法占有を理由として直接右敷地の明渡を求めることができるか、については種々議論の存するところであるが、建物使用者が当該建物所有者の敷地使用権限が消滅し、これを返還すべき義務あることを承知しながら、依然として該建物の占有使用を継続するような特別な事情にある場合には、建物の占有使用者は建物所有者とともに敷地所有者の右敷地の利用を不法に妨げているものと解すべきであるから、該敷地の所有者はその所有権にもとずいて、建物の占有使用者に対し直接当該建物から退去してその敷地の明渡(建物所有者の建物の収去、土地明渡を認容すべき趣旨のもの)を求め得るものと解するを相当する。これを本件についてみると、≪証拠省略≫によれば、被告会社は昭和三四年一月二二日設立されたものであるが、高山重則が自ら代表者となり全責任を負って経営し、事実上同人の個人会社であるといっても過言でないことが認められる。右認定に反する証拠は存しない。そうすると右高山が被告主張のように本件工場を被告会社に賃貸しているとしても、実質的には高山個人の経営と変りなく、本件宅地の占有関係も両者について厳格に区別しなければならない必要性も薄弱であり、右高山が昭和三二年一月以降本件宅地を不法に占有することは前認定のとおりであり、右事実は当然被告会社も熟知するところであると解すべきである。したがって被告会社が本件工場を右高山から賃借していると否とにかかわりなく、被告会社は原告に対し本件工場より退去して本件宅地を明渡すべき義務があるといわなければならない(昭和三四年六月二五日最高裁第一小法廷判決参照)。

よって原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用し、仮執行の宣言は本件に相当でないと考えるので付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤真)

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